【タブー】香川県の高松城近くにある血屋敷井戸跡はあまり触れてはいけない場所なのか? 高松中央商店街の中には井戸跡が4ヵ所ある! 何百年もの間、人の命を守ってきた井戸を埋め戻す場合はかなり慎重な”お祓い”と”息抜き”が必要!

🟣しょっちゅう通る道沿いにこんな場所があることを今日初めて知り、驚いて中に入ってみた!

なぜこれまでこの血屋敷井戸跡の存在に気づかなかったのかさっぱり分からない💦 

三越前駐車場1F、中は相当ひんやりしていた。

特におどろおどろしい感じはしなかったが隠されていたのか? あまり触れてはいけない所なのか?

はじめは皿屋敷かと思ったが、血屋敷井戸跡と石碑に書かれてある。

内部には新聞記事などが貼られている。

↑ 朝日新聞記事

高松城の門、始まらない復元工事 市幹部「呪われてる」

2018/11/9 11:48 朝日新聞記事

高松城跡(高松市)の門の復元工事が、いっこうに始まらない。3回入札したが、落札したゼネコンに事件や事故が相次ぎ、契約に至っていないからだ。

門は国宝に選ばれる直前、太平洋戦争の空襲で焼け落ちた経緯があり、市幹部からは「何かに呪われているようだ」との声も漏れる。

復元されるのは、城の南側にあった「桜御門」(高さ約9メートル)。城は約400年前、豊臣秀吉の家臣だった生駒親正(ちかまさ)が築城したとされ、天守は明治時代に取り壊された。

残った桜御門は1944年、当時の国宝への指定が決まったが、翌年の高松空襲で焼け落ちた。

復元計画は2011年の発掘調査でスタート。国内外から多くの観光客が小豆島など香川県内の会場を訪れる「瀬戸内国際芸術祭」に合わせようと、高松市は芸術祭の秋会期が始まる19年9月までの完成をめざした。

井戸は昔から水神様と言って信仰の対象になってきた。井戸を埋め戻す場合はかなり慎重にお祓いや息抜きをする必要がある。

◼️井戸神
井戸にまつる水神。井戸を守る神。

神道では、伊邪那岐神の第二四子、彌都波売神(みずはのめのかみ)を当てる。

井戸替えの後で、この神の供養のため、井筒のふたの上に神酒を供える風習がある。井の神。

◼️血屋敷の映像

◼️ちなみに高松城の鬼門の守り神は高松市庵治町の武居観音。

●竹居観音岬(四国最北端)

四国本土の最北端である竹居観音岬は、生駒親正公が高松城築城(1590年)にあたって城の鬼門(北東)の守り神として馬頭観世音菩薩を祀ったとも、その後に高松城に入った松平頼重公が寛永年間にここに馬頭観世音石像を祀ったともいわれており、古くからパワースポットとして重要視されていた。「観音崎」、「竹居岬」とも呼ばれている。

◼️高松中央商店街にある井戸跡

●高松中央商店街の中にある井戸跡は血屋敷井戸跡以外にも実は3ヶ所あり神社として祀られている。大井戸は今も井戸が残っていて見ることができる。

井戸を埋め戻す場合は、普通の家の井戸でもかなり慎重にやる必要がある。業者によっては井戸の埋め戻しだけはやりたくないと断られる場合もある。

降水量の少ない讃岐は井戸が他の地域以上に貴重な存在だった。

何百年間もの間、人の命に直結する井戸を大切な存在として扱ってきて、水に困らなくなったからと言って簡単に井戸を埋め戻すことは断じて良くないようだ。

AIの時代になっても、昔の人が守ってきたことには相応の意味があるので今後も守っていったほうが良い。

井戸の息抜きをする理由としては、井戸を完全に埋めてしまうと井戸内が密閉され、他の地下水脈に影響が出てしまったり、メタンガスが溜まって爆発する危険が生じるという理由以外にも、現代科学では説明のつかない良くないことが起こるのを避けるという理由がある。

お祓いや息抜きを怠った為に、物理的にも財政的にも家が傾いたという話しは実際に存在する。

●藤森神社 今井戸跡

●龜井戸水神社 亀井戸跡

●大井戸水神社

●血屋敷井戸跡

●高松市役所の北側の公園にも古い時代の水路跡がある。

◼️プロフィール

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