源義経に寵愛された静御前と母、磯禅師の終焉の地と周辺を訪ねて! Part2 (香川県さぬき市長尾、長尾寺の静御前 剃髪塚 、宗林寺 弁慶の馬の墓)

訪問日: 2020/11/17

最終更新日: 2020/11/17

🟣長尾駅から長尾寺

長尾寺は、四国霊場88カ所巡りの87番札所。境内に静御前の剃髪塚がある。

🟣静御前の剃髪塚

香川県さぬき市長尾にある四国八十八ヵ所霊場の第87番札所、長尾寺。


琴平電鉄長尾線の長尾駅から歩いて5分。

駐車場は境内にある。


本堂正面に向かって左手前に、源義経が寵愛した静御前の剃髪塚がある。


奥州平泉で義経が亡くなったと知らされた静御前が、菩提を弔うために母の磯禅尼と四国遍路に出て、長尾寺の住職の勧めでこの地に留まり得度剃髪、その髪を埋めたと伝えられている。

琴平電鉄 長尾駅

長尾駅前の地図

長尾寺近く

長尾寺

長尾寺

長尾寺

静御前 剃髪塚

静御前の剃髪塚

🟣長尾寺から宗林寺 弁慶の馬の墓

🟣義経街道とは?

義経街道: 徳島県小松島市~香川県高松市屋島


寿永4年(1185)2月の屋島の戦いの時、源義経が徳島県小松島市から香川県高松市屋島へ進軍した道が義経街道である。

摂津国渡邊津(大阪市中央区)を出航した義経は通常3日かかる航路をわずか4時間で阿波国勝浦(小松島市)に到着したと言われる。

小松島市に上陸した義経は手勢150騎を引き連れて屋島へと向かった。

義経ドリームロードから先の沿道にも義経ゆかりの地が点在している。

軍馬に水を飲ませたとする国府町観音寺にある「 舌洗池 」。

平家方を攻め落とした熊山城や桜間城。そして金泉寺には弁慶の力石の伝承。

大阪峠を越え讃岐に入り、亀海山海蔵院東海寺(東かがわ市馬宿)に宿営した。

ここには義経の馬足を洗った馬洗いの池、鞍掛けの松(二代目)、弁慶の打鳴らした鐘楼などがある。

義経一行は進軍の途中に白鳥神社(東かがわ市松原)に武運長久を祈ったと伝えられる。

義経の軍勢は引田、白鳥、丹生と進み田面峠(香川県さぬき市大川町田面)にさしかかった時に小休止した。

ここには愛馬を繋いだという義経桜がある。

長尾の宗林寺には「弁慶の馬の墓」がある。

高松市高松町には義経の鞍かけ松がある(屋島駅の近く)。

屋島は往時、独立した島で本土との間に潮が東西に引く潟であった。その相引の浜で赤牛が渡っているのを見た義経はそこから攻めていったという。

これに因む地名が高松市屋島中町の赤牛崎(あかばざき)である。

香川県さぬき市長尾町にある弁慶の馬の墓。長尾寺から1.3Km

宗林寺

🟣梛木神社

香川県さぬき市長尾 琴平電鉄 長尾駅

住所:

香川県さぬき市長尾西字辛立1139

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