【昭和レトロ】「今日の日はさようなら」は改めて聞くと泣ける! 1967年に森山良子さんが『恋はみずいろ』のB面としてリリース! その後、本田路津子さんがカバー、また卒業ソングとしても歌われるようになった!

◼️本田路津子『今日の日はさようなら』 1974年

◼️【歌詞】

今日の日はさようなら

歌手:森山良子

作詞:金子詔一

作曲:金子詔一

編曲:金子詔一

いつまでも 絶えることなく 友達でいよう 明日の日を夢みて 希望の道を

空を飛ぶ 鳥のように 自由に生きる 今日の日はさようなら またあう日まで

信じあうよろこびを 大切にしよう 今日の日はさようなら またあう日まで またあう日まで

◼️今日の日はさようなら 森山良子 1967

◼️恋はみずいろ 森山良子 1967

◼️「今日の日はさようなら」とは?

1966年にハーモニィサークル(現:公益財団法人ハーモニィセンター)の金子詔一によって作詞・作曲された日本の楽曲。

翌1967年8月25日、森山良子の歌唱により日本ビクターからシングル『恋はみずいろ』のB面としてリリースされた。

森山の歌唱によりヒットして広く知られるようになったが、森山のために書き下ろされた曲ではない。

◼️概要

金子は大学生のときに警視庁少年課職員で調布市柴崎在住の大野重男らとボランティアグループ「ハーモニィサークル」を設立し、調布市立つつじケ丘児童館(西つつじケ丘3丁目19-1)で活動していた。

1964年に財団法人ハーモニィセンターを設立するため、金子は立教大学大学院を中退する。

若者たちの友情を深める目的で作詞作曲し、ハーモニィセンターのオリジナルソングとして活動の中で広く歌われるようになったのが始まりである。

ハーモニィサークルとして始まった活動は、財団法人を経て公益財団法人ハーモニィセンターへと発展、大野重男が代表理事に就任した。

金子によれば、オリジナルの歌詞は「今日の日はさようなら」の部分が1番から3番まで同じであったが、ザ・フロッギーズの小山光弘が、グループで歌う際に1番だけ「明日の日を夢見て~」に変えたいと言ってきたため、変えて歌われるようになったという。

1974年2月より、NHK『みんなのうた』でも放送されたほか、1973年には高等学校1年生の音楽の教科書に掲載された。

またボーイスカウト・ガールスカウトの活動で団員やリーダーたちによって歌われるスカウトソングにもなり、卒業ソングとしても広く歌われ親しまれている。

2007年に文化庁と日本PTA全国協議会が、親子で長く歌い継いでほしい童謡・唱歌や歌謡曲など101曲を選定した「日本の歌百選」に本楽曲が選ばれた。

2018年8月25日始発より、京王電鉄と調布市により京王線柴崎駅の列車接近メロディに採用された。

使用開始日は森山良子のレコードリリース日に合わせている。

また市民有志による歌碑建立活動も始まり、同年11月8日、歌の発祥の地であるつつじケ丘児童館に木製の歌碑が建立された

◼️白い色は恋人の色

◼️あの素晴らしいあいをもう一度

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です