【唯一無二、不世出のボーカリスト】葛城ユキさん ! 「ボヘミアン」 魂(=命)の歌声! ガン闘病中! 必ず復帰されることを信じています!

🟣葛城 ユキさんプロフィール

1949年5月25日 –

日本の歌手。

身長167cm。

ラジオシティレコード(後のアポロン音楽工業→エモーション、現:バンダイナムコアーツ) → テイチクレコード(現:テイチクエンタテインメント)→ 東芝EMI(現:ユニバーサルミュージック)を経て、現在はインディーズで活動している。

声量豊かな、独特のハスキーボイスを持ち味とする。

●人物

岡山県高梁市(旧:川上郡川上町)出身。

本名は田中小夜子。

片山女子高等学校(現:倉敷翠松高等学校)卒業。

高校時代はバレーボール部のアタッカーとして活躍し国体にも出場。

実業団から声がかかり、卒業後倉敷紡績に入社するも、実業団の選手内で葛城の身長では低身長となり、ネットの高さも学生時代より高くなるなどアタッカーでは無理だとのことで「セッターへの転向を言い渡された。

私はアタッカー。中心にいないと嫌だった」という理由で1ヶ月で退社。

元々音楽をやりたいという夢もあり、家出同然で大阪に移住し、音楽スクールに通い始める。

1973年の第6回ヤマハポピュラーソングコンテストに朝霧マチ名義で出場し「小さな出発」で歌唱賞を受賞。

1974年に葛城ゆきに改名。

この名付け親はヤマハ音楽振興会理事長などを務めていた川上源一で、当時、昔からの言い伝えがある地名などに興味を持っていたことで、奈良県の葛城に由来する源氏物語の中の一文「かづらきあそび給ふはなやかにおもしろし」から葛城を採り、下の名前は葛城とのバランスを考えて付けた。

翌年の第7回では「木曾は山の中」を歌い最優秀賞を受賞。

同年秋の第5回世界歌謡祭でも同曲で川上賞に入賞し、同年メジャーデビュー。

当初はロックではなく、ニューミュージック系だった。

後に1970年代中にゆきから「ユキ」に改名。

1980年にボニー・タイラーの「Sitting on the Edge of the Ocean」のカバー曲「哀しみのオーシャン」がヒット。

同年、ファーストアルバム『寡黙』をリリース。

1983年に飛鳥涼と井上大輔が大友裕子に提供した「ボヘミアン」をカバーし大ヒット。自身の代表作となる。

1986年9月、中国広東省珠海市『珍珠楽園』で日本人女性ロックシンガー初のコンサートを開催し3日間でのべ3万人を動員。

2003年10月2日、フジテレビ『とんねるずのみなさんのおかげでした』の収録中に「人間大砲」のゲームでウレタンが敷き詰められたプールに頭から突っ込むように落下した際、第7胸椎粉砕骨折、第8胸椎脱臼の重傷を負った。

背中にチタンの支柱を埋め込む大手術を受け、当時は体を1ミリも動かせず引退も覚悟したが、驚異的に回復し翌年5月10日に復帰ライブを開いている。

その2週間後、自身の誕生日でもある5月25日に初の自作曲「Pride~for you」を復帰シングルとして発売した。

2006年、競輪選手兼シンガーソングライターの仲山桂が作詞・作曲したシングル「Fight Money」を発売。

2013年、自身初の邦楽カバーアルバム「Show和 VOL.1」を発売。

2014年、出身地・岡山県のPRソング「もんげー岡山!」の歌唱を担当。

2018年10月7日、男子テニスの楽天ジャパンオープン決勝・錦織圭対ダニール・メドベージェフ戦の試合前に国歌斉唱を行った。

2020年4月6日には37年振りに徹子の部屋へゲスト出演。

動画 徹子の部屋

https://m.bilibili.com/video/BV1W5411t7Cx

認知症になりその後亡くなった最愛の母親の思い出話に、親友のロザンナなどの歌手仲間の話や料理が得意で共演者の楽屋へ弁当やおかずを調理して振る舞うなどの話を黒柳徹子に話している。

2021年4月26日、歌謡ユニット「夢スター 春・秋」の平浩二がくも膜下出血で緊急搬送されたことなどをきっかけに人間ドックを受診した結果、ステージ4の原発性腹膜がんを患っていることが判明した。

4月26日と27日に行われるコンサートは予定通り行い、5月1日より入院した上で治療に専念する。

🟣名曲 Runner

🟣2012年 葛城ユキさんスタジオ生出演

🟣2014年 葛城ユキさん昭和の名曲をカバー、「show和」 懐かしい!

🟣2017年 Paradise cafe-TV 6月号 Guest:葛城ユキさん

🟣2018年 ボヘミアン

🟣2021年4月28日 がん公表の葛城ユキ、入院前ラストステージで復帰誓う 代表曲「ボヘミアン」など熱唱

2021年4月28日

 ステージ4の原発性腹膜がんを公表した歌手の葛城ユキ(71)が4月27日、青森・五所川原市ふるさと交流圏民センターで行われた夢グループのコンサート「夢スター春・秋」に出演。

 ライブ冒頭、葛城さんは「私は腹膜がんステージ4です。私は生まれてこのかた、歌手しか目指しておりませんでした。歌うために生まれてきたと思っております。ですから、必ずステージに復帰します。歌うためだったら、なんでも耐えます。苦しくても、痛くても、耐えます。私にとりましてはこのシリーズのステージ、今日が最終のステージとなるという事で、コーナーを設けて頂きました。大切にこの時間、歌いたいと思います。耐えた先には、必ず春の兆しが見えると思っています。」とファンに誓った。

 葛城さんは5月1日から都内の病院に入院し、治療に専念。この日は、代表曲「ボヘミアン」のほか、「哀しみのオーシャン」「ヒーロー」などを熱唱した。

🟣2021年5月6日 CAMPFIRE 葛城ユキさんからのご挨拶

2021年5月6日撮影

https://m.youtube.com/watch?v=3Qhd2T4_eiM

🟣2022年1月 葛城ユキ、腹膜がん闘病の経過を音声データで報告「逃げ出したい気持ちになったことも…」

2022年1月31日

 ステージ4の原発性腹膜がんであることを告白し、闘病中の歌手・葛城ユキさん(72)の音声データが1日、公開。

「現状から逃げ出したい気持ちになったことも幾度となくありました」など、葛城自身が、闘病生活の様子や思いを語っている。

 夢グループは書面を通じて「歌手 葛城ユキ 闘病経過のご報告」とし「私ども主催のコンサート『夢スター春・秋』出演の葛城ユキさんは、昨年4月にステージ4の原発性腹膜がんと診断され、現在も入院が続いており懸命に病と闘っておられます」と現状を報告。

 「入院前の最後のステージ上で宣言した『歌うためなら何でも耐えます。絶対に負けません』という言葉の通り『必ずステージに立つ』という強い意志で、孤独・不安・痛みに立ち向かっていらっしゃる葛城さん本人から、急きょ『ファンの方たちに伝えて欲しい』ということで、音声メッセージが届きました」と伝えた。

 音声データでは、昨年8月に大きな手術を受けたこと、現在も入院生活が続いていることなどを告白。

葛城さんは「現状から逃げ出したい気持ちになったことも幾度となくありました」と正直な気持ちを明かしつつ「でもその度に勇気づけてくれるのは皆様からの温かいメッセージでした。葛城ユキとして再びステージに立ち、皆様方の拍手の中で歌っている自分の姿を思い描きながら、その日が一日でも早く来ることを願いつつ、頑張っています」などと語っている。

 なお、あす2日の『埼玉県・深谷市民文化会館/夢スター春・秋』公演の会場にて、同音声メッセージを来場者に向けて公開する予定。

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