懐かしい昭和時代の香川県高松市の映像、画像を集めてみた! 中央球場、高松市民文化センター、高松駅、コトデンマーケット、香川県立体育館!

🟣子どもの頃、夏休みなどに高松港から岡山県の宇野港行きの連絡船に乗って関西方面へ行くのが楽しみだった。

高松駅構内や連絡船のデッキで食べた讃岐うどんの味は今でも忘れない。

連絡船は瀬戸大橋の開通と共に昭和63年に廃止された。

昭和時代には高松の中央商店街は人通りが多く袖が触れ合うほどだった。

スカラ座、ライオンカン、玉藻劇場など映画館も数多くあった。

ラジオの部品は丸亀町の野田屋電機(漢字?)、瓦町駅前の宮武ペットショップ、おもちゃは大田理工社(漢字?)、レコードはタマル、宮脇書店は高松駅前にもあった。

小・中学生の頃、「初歩のラジオ」や「愛鳩の友」を読んでいた。

宮武鯉ショップでは、レース鳩を買った。D.マタイス系の銘鳩アポロの孫鳩は当時で1万円だったと思う。灰栗(S)の美しい頭の良い鳩だった。餌のKGも飼っていた。

トキワ街にダイエーがあり地下にマクドナルド、栗林公園には栗林動物園、大的場のプールは夏になると超満員だった。

日本人の人口減少の波は止まらないだろうから、あんな昭和時代のような活気は二度と戻らないかもしれないが、瀬戸内国際芸術祭やアートと島巡りなどを契機として訪日外国人旅行客がコロナ後、再び順調に増えていくとまた違った活気が取り戻せるかもしれない。

●昭和30年高松港

●高松港

●高松中央通りを北から南向きに撮った写真。左奥の建築中の建物は114銀行本店。中央公園に昔は中央球場があって小学生の時、何度か野球の試合をした。高校野球の大会も中央球場でおこなっていた。

●中央球場、今は中央公園。ここで小学生の頃、野球の試合をやった

●高松市民文化センター

現在は「たかまつミライエ」として建て替えられた。中学時代、新日本や全日本プロレスを何度か見に来て最前列でテレビに映っていた(目立つように白いキャップ、白いシャツ、白いジャージを着て行った 笑)。毎回、テレビ放送があり、地方としては豪華カードが組まれた。藤波辰爾さんにサインをもらったり、初代タイガーマスクを生で見たりした。永源遙さんと話しもした。確か一度、ジャイアント馬場さんと握手したはずだが記憶が薄れている。

●香川県立体育館。ここでは、剣道の試合をやった。丹下健三さん設計。子供心にこの建物はとんでもない建物だなと思った。初めて見たときの印象が今も残っている。

現在は老朽化が進み体育館としては使えない。修繕し使用するには莫大な費用がかかる。なんとか残して欲しい建築物。

●今はコンパクトで可愛くなっているが、昭和時代の高松駅は、質実剛健の雰囲気があった。花時計がシンボルだった。駅内のうどんは本当に美味かった。

●瓦町駅、コトデンマーケット

●三越前にマクドナルドがあった

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