日本のDJ第一人者 小林克也さんの英語レベルは? 英語でのインタビュー動画を集めてみた! 通訳案内士資格保有!

2020/5/31

🟣私が英語学習の面で影響を受けた方は、師匠である大学時代の恩師 中間敬弌教授、松本道弘さん、そしてこの小林克也さんだ‼️

高校生、大学時代と小林克也さんのテレビ番組 『ベストヒットUSA』を見たり、教材や著書を買って勉強した。

高校時代、テレビを見ながら小林克也さんのように英語を上手く話したいと思っていた。小林克也さんからは、発音の訓練法や勉強法の面で、大きな影響を受けた。特に当時、英語を話すための口周りの筋肉をつける訓練法のビデオ教材を世に出したことは画期的だったと思う。自分もこのVHSテープを買って必死で見ていた。

この記事を書くにあたり、30年ぶりくらいに、『ベストヒットUSA』の動画を見た。高校生時代には聞き取れなかったマドンナやシンディローパへのインタビュー内容が理解できて素直に嬉しい 笑笑💦💦🤣💦💦

🟣ネイティブのように英語を話すための口周りの筋肉を鍛える練習ビデオ

English My Way
英語の発音訓練教材。口の形、舌の位置、口の周りの筋肉を鍛えることを重視しており、そのノウハウの一部が明かされた。この教材のYoutube動画があってびっくりした 笑笑。VHSテープを買って必死で訓練した 笑笑

🟣著書

ビートにノッて英会話、この著書も持っていた。

🟣アメリ缶

英語教材 アメリ缶




🟣小林克也さんのプロフィールは?

小林 克也(こばやし かつや)

1941年(昭和16年)3月27日 –

日本のラジオDJ、ナレーター、タレント、俳優。

広島県福山市野上町出身。

広島大学附属福山高等学校卒業

慶應義塾大学経済学部中退

DJ第一人者。

「ミスター音楽」と呼ばれる事もある。

愛称はKORBY(コービー)。

福山ふるさと大使 第1号。

🟣幼少期から大学入学まで

母親は教師で母子家庭だった。小学校3年生の頃、ラジオで岩国基地からの極東放送(FEN)を聴いたことから耳で聴いた英語に興味を持ち始め、小学校6年の終わりごろから親戚の知り合いから英語を習い始め、英語の発音を徹底的に教えられる。

中学時代はボイス・オブ・アメリカやオーストラリア放送などを短波で熱心に聴取。

1955年、ロックンロール元年を告げるビル・ヘイリー・アンド・ヒズ・コメッツ「ロック・アラウンド・ザ・クロック」も短波で聴いた。エルヴィス・プレスリーをはじめとするロックに夢中になる。

広島大学附属福山高等学校にトップ合格した後も英語に熱中し、将来は英語を活かす仕事をすると決めていたため、幾何学など英語以外の科目はどうでもよくなったという。このため、大学受験では東京外国語大学なども受けたが英語以外の成績に問題があったことから合格せず、英語の配点が多い慶應義塾大学経済学部に入学。

🟣大学時代からDJ第一人者になるまで

慶應義塾大学在学中に運輸省の通訳案内業国家試験に合格し外国人相手の観光ガイドのアルバイトを始めるも、こちらに精を出し過ぎ、好きな英語でも経済学の英語原書には全く興味を持てず、大学を中退。

外国人相手のナイトクラブなどの司会を本業とした。1970年、『バブリング・ポップス』(ラジオ関東 = 現・アール・エフ・ラジオ日本)のDJで電波デビュー。この番組はワーナー・パイオニアの新譜(主に洋楽)を紹介する番組で、その英語力と、素晴らしい声質を活かし、一気にラジオ界の寵児となる。

1976年から選曲家の桑原茂一、俳優の伊武雅刀らともにラジオ大阪でラジオ番組「スネークマンショー」を開始。「スネークマン」の名は、小林が米国のDJウルフマン・ジャックのパロディとして登場させたキャラクターが由来である(小林が巳年生まれのため)。

1980年代の漫才ブームを起こしたことで知られる『THE MANZAI』(フジテレビ、1980年〜1982年)の斬新な演出の一つとしてナレーションにアメリカナイズされた小林が起用された。

1981年にスタートしたテレビ朝日の音楽番組『ベストヒットUSA』では司会(VJ:ヴィジュアルジョッキー)を務め、洋楽ミュージックビデオを紹介。数多くの来日アーティストに小林自らインタビューを行うなど、本格的な洋楽番組として名を馳せた。2003年からはBS朝日・NACK5などで継続中。

『ベストヒットUSA』を観た石井聰亙からのオファーを受け、1984年『逆噴射家族』で主演デビュー本作での怪演っぷりも評価された。2013年の宮藤官九郎監督作『中学生円山』で、平岡拓真演じる主人公の名前「円山克也」は『逆噴射家族』での小林克也が由来と宮藤は話している。

1982年に結成した中年バンド「小林克也 & ザ・ナンバーワン・バンド」でのアバンギャルドな音楽活動でも知られる。ハワイ移民の広島弁をフィーチャーしたデビュー曲「うわさのカム・トゥ・ハワイ」は日本語ラップのはしりとして一部に評価が高い。桑田佳祐は自身の「ラップの起源は『うわさのカム・トゥ・ハワイ』。あれを克也さんに聴かされて、それにちなんで他のラップのアルバムを1、2枚聴いた」と述べている。

🟣現在

現在でもラジオDJとしてレギュラー番組を多数抱え、リスナーに絶大な支持を受けている。日本に長年に亘り洋楽を紹介した功績は限りなく大きい[。小室哲哉は「小林克也さんのあとを継ぎたいとずっと思っている」と話している。

『小林克也のSUPER DANCE BEATS』など小林の名を冠したCDがいくつか存在する。また、語学力を活かし、英語関連の著書、教材も多数手掛ける。

2018年8月には、NHK-FMで「小林克也の音楽グラフィティ」を5夜に亘って放送し、ピーター・バラカン、山下達郎、亀淵昭信らと鼎談を繰り広げた。同番組の中で「ベストヒットUSA」では自分の好きな曲はほとんどかからず、ピーターがうらやましかったと秘話を明らかにした。同年、放送人の会より特別賞を贈られる。

🟣エピソード

●英語の発音に関しては日本人DJの中でもトップクラスであるが、帰国子女でもなく留学経験もなければ、ハーフでもない純粋な日本人である。

FEN聞き取りを通じた習得方法により国外滞在経験を持たないまま高い英語力や発音を身につけた。発音に関しては、口の形、舌の位置、口の周りの筋肉を鍛えることを重視しており、そのノウハウの一部はかつて『百万人の英語』から小林出演のVHSビデオテープとして発売され明かされた。

●『徳光和夫 とくモリ!歌謡サタデー』(ニッポン放送、2013年8月31日)で語ったところによれば、当時、運輸省の通訳案内業国家試験の倍率は35倍で、それを一発合格したのちに外国人相手の観光ガイドのアルバイトを始めた。しかし、広島から上京して1年半しかたっていなかった小林は、訊かれても何もわからず、ただひたすら”I don’t know.(わからない)”を繰り返し、ついには神社と中華飯店を間違えてしまい、観光客を激怒させてしまった。そのため、クビになりかける。ところがその次にやってきた客に対しては、FENを聴き続けた時に得た音楽知識で場の空気を盛り上げ、大いに気に入られたという。ちなみにその客は、アメリカ合衆国のラジオ局の副社長だった。

●テレビ番組『ザ・ベストヒット’83』ではビートたけしと共演。細川たかしの「矢切の渡し」を英語風に「ヤギリノワタシ!」と紹介した。

●広島県出身であるため、広島東洋カープのファンであり、自身のラジオ番組でよく話題に挙げる。

🟣小林克也さんが、英語を話す動画

シンディローパへのインタビュー 1984年



1986年のインタビュー


●シンディローパのインタビュー動画URL(2007)↓

https://youtu.be/9rdWp-HM3Ks

ビリージョエル 1988年



マドンナへのインタビュー


🟣Rick Astley へのインタビュー

https://youtu.be/SjGQrpIHmvU

🟣エンヤへのインタビュー動画URL

https://youtu.be/J1aU7DlwLv4




ミックジャガーへのインタビュー動画












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