【タブー】興味深い人物伝一覧



かつて日本には、こんなにも興味をそそる痛快かつ豪快な人生を謳歌した人物がいた。 

そして、世界にはまだまだ魅力的な凄い人物がいる。 

勇気、元気、希望、夢、そして感動を与えてくれるであろう人物たちを集めた。

偉人の人生にも市井のひとの人生にも其々のドラマがある。 

日々、生きていること自体が連続ドラマのようなものだ。




1、蜂須賀正氏(はちすか・まさうじ) - 日本人として初めて野生のゴリラと対面。徳川慶喜の孫。派手な女性関係。自家用機で日本脱出。白金密輸。華族礼遇停止処分 –

2、木村政彦 – 柔道の鬼、負けたら腹を切る。15年間不敗のまま引退。プロ柔道家。力道山と昭和の巌流島決戦 –

3、薩摩治郎八 – 放蕩家 日本代表。仕送り月額3,000万円。バロン薩摩。仏で民間外交。豪快人生。歩くノブレス・オブリージュ –

4、阿波研造 – 弓聖。一射絶命。大日本弓道会八段範士。ドイツ人の弟子を育てる –

5、星一 - 作家 星新一の父。星製薬設立者。野口英世のパトロン。楢崎皐月を援助 –

6、里見 甫 - 日本の阿片王。満州のドン –

7、大月薫 - 中国革命の父 孫文の日本人妻。孫文の外孫 宮川東一 –

8、梅屋庄吉  - 孫文の革命を資金面で支え続けた男。「日活」創業者のひとり –

9、南方熊楠 – 胆力・酒量無限大。反芻実行。東大中退。ミシンガン州農大泥酔事件で退学、サーカス団でラブレターの代筆業。大英博物館で殴打事件・出入り禁止。天皇に粘菌学進講。神社合祀反対で投獄中に粘菌発見。史上最強の記憶力。生涯無位無冠在野でネンキン生活。ビール党。歩くウィキペディア –

10、早川雪洲  - 日本人初のハリウッドスター。欧米で大人気を博し豪邸を建てる。川上音二郎の姪 青木鶴子と結婚 –

11、浮谷東次郎  - 伝説のレーサー。堀川辰吉郎の外孫 –

12、牛島辰熊  - 伝説の柔道家。東条英機暗殺を計画。木村政彦の師匠。プロ柔道立ち上げ –

13、グリゴリー・ペレルマン – ポアンカレ予想解決。前代未聞 フィールズ賞、ミレニアム賞辞退。賞金1億円辞退。無欲・孤高の天才数学者。趣味はキノコ狩り –

14、アイバ・戸栗・ダキノ - 東京ローズ候補者の一人。女性初の国家反逆罪から名誉回復 –

15、乙川弘文 – スティーブ・ジョブズの精神的指導者。曹洞宗 僧侶 –

16、本因坊秀策 – 御城碁 19戦19勝無敗。囲碁史上最強。コレラ看病で死す –

17、中村春吉  - 自転車で世界一周無銭旅行。軍事探偵説。霊道法の祖 –

18、長南年恵 - 神戸地方裁判所が認めた霊能者 –

19、中村直吉  - 明治時代の冒険家。世界一周無銭旅行。市会議員立候補得票数5票。かき氷で死す –

20、酒井勝軍 – 日本のピラミッド発見者。日ユ同祖論者。オカルティスト –

21、楢崎皐月 – 謎の超古代カタカムナ文献解読。天才物理学者。星一からの援助を受ける –

22、本部朝基 – 戦前の最強空手家。日本最古の空手流派開祖 –

23、ジョン万次郎 – 好物は鰻の蒲焼。14歳で漂流後、渡米。アメリカの学校で首席。金の採掘で帰国資金作り。東大の英語教授。1859年発刊の英会話教本が復刻 –

24、中村久子 – 人生に絶望なし。両手・両足切断から自立。興業芸人。ヘレン・ケラーと面会。厚生大臣賞受賞 –

25、ニック・ブイヂ – モチベーション・スピーカー。四肢がないが明るく強く生きる。日本人と結婚 –

26、シルバー・バーチ – あちらの世界からのメッセージ –

27、白鳥由栄 – 昭和の脱獄王。26年間の服役中4回脱獄。看守に恐れられる。特殊な身体能力と不屈の精神 –

28、マンサ・ムーサ – マリ帝国第10代王。人類史上最高の純資産保有、現在の価値で40兆円 –

29、モンタナ・ジョー - 米国でマフィアのドンになった日系人。シカゴマフィア界の幹部に登りつめる –

30、万年東一 – 元・陸軍軍人(上海特務機関)、右翼活動家、愚連隊の首領、総会屋。右翼団体 大日本一誠会初代会長。全日本女子プロレス初代会長。軍隊時代、罰則破り、ふんどし1丁で眠り、麻雀を打つ。安藤昇設立の「東興業」は、「万年東一」の「東」から。笹川良一との関係 –

31、升田幸三 – GHQから将棋を守った人物。名人に香車を引いて勝った唯一の棋士 –

32、平賀源内 – エレキテルの紹介。「土用丑の日」考案。異才の男色家。陰間茶屋の常連でガイドブック発行。CMソング作詞作曲。獄死か生存か謎のまま –

33、松旭斎天勝 – 明治時代のプリンセス・テンコー。アメリカ興業でも成功 –

34、倭迹迹日百襲姫命 – 卑弥呼説最有力候補。第7代孝霊天皇皇女。幼少のころ、香川県東かがわ市 水主神社、高松市 田村神社にて活躍、多くの足跡を残す。弟は桃太郎伝説の吉備津彦命。大物主神(三輪山の神)との神婚譚。箸墓古墳(奈良県桜井市)伝承 –

35、大杉栄 – アナーキスト、作家、ジャーナリスト、社会運動家、自由恋愛論者。「一犯一語」エスペラント語、英・仏・エスパニア語、独・伊・露・西語を獄中にて学ぶ。伊藤野枝との間に次女エマ、三女エマ、四女ルイズ、長男ネストルをもうける。パリ近郊のサン・ドニのメーデーで演説、警察に逮捕、ラ・サンテ監獄へ。甘粕事件にて死亡 –

36、血脇守之助 – 野口英世のパトロン、野口より人格者 - 

37、ブルース・リー  - 思想家。不良少年。チャチャ大会優勝。ワシントン大学哲学科に進学。 シアトルのガーフィールド・ハイスクールで中国哲学の講義。読書家 – 

38、饒宗頤 – 般若心経の墨書をハートスートラへ寄贈し、香港No.1のパワー・スポットとなる – 

39、志度藤雄 – 吉田茂の料理番。日本のフレンチの草分け。イギリスへ不法入国、強制送還、パリで脱走 – 

40、ヤジロウ – 日本人初のキリスト教徒、ザビエルの通訳者 – 

41、増田甲斎 – 掛川藩を脱藩、博徒の頭目となり投獄される。出家後、伊豆で捕縛されロシアへ脱出。ペテルブルク大学の日本語講師となる。日本初の日露事典を執筆 –

42、川上貞奴 – 日本の近代女優第1号。資金難で築地からボートで海外脱出図る、ロダン、ピカソを魅了 –

43、松井須磨子 – 日本初の整形女優。発禁レコード第1号。島村抱月と不倫 – 

44、河口慧海  – 仏教学者、探検家。日本人初のチベット入国 – 

45、浜田彦蔵 – 江戸時代にアメリカ大統領3人(フランクリン・ピアース、リンカーン、ジェームズ・ブキャナン)と会見。新聞の父 –

46、カスパー・ハウザー - 野生児 暗殺の謎 バーデン大公後継者か? –

47、児玉誉士夫 – 政財界の黒幕、フィクサー、CIA工作員説 –

48、頭山満 – 国家主義者、玄洋社総帥、孫文を援助 –

49、杜月笙 – 中国の秘密結社「青幇」の首領、伝説のギャング –

50、井上KEI – 米国刑務所を生き抜いた日本人 –

51、宮武東洋 – 写真家。戦時中、米国マンザナー日系人収容所での暮らしを撮影 –

52、たこ八郎 – 「あしたのジョー」のモデル、由利徹の弟子 –

53、いか八朗 – 東京ギャラントメンのメンバーとして活躍 –

54、政木和三 – 発明王、超能力者 –

55、西川寅吉 – 脱獄6回。 日本脱獄史上最多記録保持者、伝説の五寸釘寅吉 –

56、内海藤太郎 – 帝国ホテル、横浜ホテルニューグランド、大阪ホテル、神戸オリエンタルホテルと、東西の主要ホテルの料理長を歴任し、日本のフランス料理界の礎を築いた伝説の料理人 –

57、津太夫 – 江戸時代に日本人初の世界一周 –

58、音吉 – 日本人初のイギリス上陸者、世界最初の日本語訳聖書完成、アヘン戦争に従軍 –

59、仙太郎 – 漂流、渡米、日本人初のバプテスト教会信者、ペリー艦隊唯一の日本人 –

60、スーザン・トム – 難病や障害を持つ子供たちを引き取り養親として育てている人物–

61、比嘉和子 – 多くの謎が残る太平洋マリアナ諸島アナタハン島死亡事件で唯一の女性。孤島での32人の男と1人の女の共同生活 –

62、朝風まり – アイドル歌手から世界のプリンセス・テンコーへ変身 –

63、石川源三郎 – 1892年(明治25年)アメリカでバスケットボールをはじめてプレーした学生のひとり。ゲームのスケッチを残す –

64、久米通賢 – 江戸時代の讃岐の発明家、暦学者、測量士、洋学者。伊能忠敬よりも早く、日本初の実測地図を作る。私財を投じ坂出に塩田を開発、当時の日本の塩生産量の約半数を占める。日本初の国産マッチ(雷汞マッチ)を発明 –

65、溝口和洋 – やり投げ日本記録保持者。36歳で現役引退後、パチプロとして生活。ハンマー投の室伏広治を指導。1989年サンノゼ国際グランプリ優勝、87m60cm (日本記録)をたたき出す –

66、宮崎滔天 – 孫文を支援、辛亥革命を支えた革命家。浪曲師。大陸浪人。長男の龍介が白蓮事件を起こす。 現在も家族は孫文の友人「井戸を掘った人」として5年に一度、国賓として中国に招待されている –

67、柳原白蓮 – 大正三美人の1人。父は柳原前光伯爵。母は前光の妾のひとりで、柳橋の芸妓となっていた没落士族の娘 奥津りょう。大正天皇の生母である柳原愛子の姪で、大正天皇の従妹にあたる。北小路資武と離婚。九州の炭鉱王・伊藤伝右衛門と再婚したが、宮崎龍介と駆け落ちした白蓮事件で話題に。菊池寛 の小説『真珠夫人』や映画『麗人』のモデル。連続テレビ小説の「花子とアン」で葉山蓮子として描かれる –

68、崇徳天皇 - 讃岐へ配流、怨霊伝説、霊廟は香川県坂出市の白峰陵 –

69、山田蔵人高清 – 弓の名人。豊臣秀吉の朝鮮出兵で活躍。牛鬼(うしおに)を仕留め讃岐の根来寺に角(つの)2本を奉納、今も残る –

70、磯禅師 – 源義経の妾 静御前の母。礒野禅尼とも。香川県東かがわ市小磯出身。京の貴族の屋敷に白拍子を派遣 –

71、樋端久利雄 – 海軍大佐。海軍兵学校51期を首席で卒業。1943年、山本五十六連合艦隊司令長官とともにブーゲンビル島上空で戦死(海軍甲事件)。秋山真之参謀に匹敵するとも言われる逸材 –

72、湯蓋道空 – 実在した「あまのじゃく伝説」。広島県五日市沖の津久根島に墓が残る。壇ノ浦の合戦で敗れた平知盛の子孫 –

73、小谷田勝五郎 – 江戸時代に騒然となった輪廻転生の記録。平田篤胤の『勝五郎再生記聞』の題材となった人物。小泉八雲が「勝五郎の転生」を著しロンドン、ボストンで発売 –

74、塙保巳一 - ヘレン・ケラーが目標とした人物 –

75、山本英輔 – 海軍大将。山本権兵衛元内閣総理大臣の甥。徳島県剣山にてミイラ100体を発見、徳島日報で配信するも当記事が配信された新聞ごと抹消 –

76、田中広虫女 – 「日本霊異記」に記述のある女性。讃岐三木郡の郡司小屋県主宮手の妻。強欲な財産家で、高利の貸し付けや残酷な取り立ての報いをうけて宝亀7年(776年)に病死したが、上半身が牛の姿で生きかえる –

77、讃岐永直 – 奈良時代後期から平安時代初期にかけての貴族・明法家。讃岐権介・讃岐浄直の子。景行天皇の子神櫛王の後裔で讃岐国造家の嫡流子孫。平安時代初期までは讃岐国寒川郡の郡司を務めていたが、平城朝以降に永直の祖父広直・父浄直と続いて明法博士に任ぜられた –

78、丸部 明麻呂 – 平安時代前期の官人。讃岐国三野郡大領。中国の曾参にも比肩される親孝行 –

79、舎人国足 – 讃岐国山田郡出身。奈良時代、大規模な写経事業を企画。経典 『瑜伽師地論』を書き写す –

80、宮武外骨 – 明治から昭和を通じて活躍した過激な反権力、反骨のジャーナリスト。120以上の雑誌書籍を発行、罰金・発禁29回。発布直後の明治憲法を揶揄し不敬罪で初入獄。「滑稽新聞」「面白半分」などを発行。筆禍による入獄4回。日本における言論の自由の確立を志向、それを言論によって訴える。関東大震災以降、風俗史研究に活動の重点を移し、東京帝国大学(東京大学)に明治新聞雑誌文庫を創設 –

81、山崎眞行 – 原宿ストリート・カルチャーの生みの親、ピンクドラゴン創業者、伝説のロカビリーバンド「ブラック・キャッツ」をプロデュース、矢沢永吉との接点 –

82、川上音二郎 – 筑前黒田藩(福岡藩)出身の「オッペケペー節」で一世を風靡した興行師・芸術家、新派劇の創始者。書生芝居、壮士芝居で旧劇(歌舞伎)をしのぐ人気を博す。「新派劇の父」と称される。川上貞奴は妻。海外興業でも活躍。2度の衆院選挙落選により資金難に陥り、貞奴と築地河岸よりボートに乗り、国外への脱出を図るも失敗、淡路島に漂着 –

83、青木鶴子 – 無声映画時代に米国でで活躍した日本人女優。アメリカにおいて、アジア人として自分の名を冠した映画をもち、映画ポスターに名を飾った初の俳優。川上音二郎の姪。早川雪洲の妻。米国でHaworth Pictures映画会社を設立し成功 –

84、高田誠一 – 伝説のロカビリーバンド「ブラック・キャッツ」のボーカル。白血病で早世 –

85、是川銀蔵 – 住友鉱山株買い占めで200億円の巨利を得る。事業家、投資家、相場師、慈善家。最後の相場師と呼ばれた人物 –

86、浮田幸吉 – 江戸時代の鳥人。日本で初めて空を飛んだ人物。岡山藩所払い –

87、高野虎市 – チャップリンの秘書。5.15事件当日、犬養首相との面会をドタキャンして相撲観戦、チャップリンを暗殺から守る –

88、牛原虚彦 – 渡英しチャップリンの映画「サーカス」の製作に参加。妻は女優の三村千代子 –

89、山田浅右衛門 – 吉田松陰の死刑執行。江戸時代の刀剣試し斬り役 –

90、李密翳 (りみつえい) – 奈良時代、聖武天皇に面会したペルシャ人。遣唐使船で来日 –

91、破斯清通(はしのきよみち) – 奈良時代の官吏。式部省大学寮勤務のペルシャ人 –

92、松下松蔵 – 日本最高峰ヒーラーの一人、心霊治療家、昭和初期の一時期間のみ奇跡を見せる役目として現る –

93、高山右近 – 江戸時代、フィリピンへ渡ったキリシタン大名 –

94、楠本イネ – シーボルトの娘。日本人とドイツ人とのハーフ。日本女性初の産科医。明治天皇の女官葉室光子の出産に立ち会う –

95、楠本高子 – シーボルトの孫娘。『銀河鉄道999』のメーテルおよび『宇宙戦艦ヤマト』のスターシャのモデル。親子二代にわたる悲劇からの出産 –

96、天野宗歩 – 江戸時代末期の将棋指し。実力十三段、「棋聖戦」の由来 –

97、野網和三郎 – 日本初のハマチの養殖に成功。元日本かん水養魚協会会長 –

98、向山周慶 – 江戸中期~後期の医師、殖産家。讃岐高松藩にて白糖の製造に成功 –

99、華屋与兵衛 – 江戸前寿司の考案者。江戸三鮨のうちの一つ「与兵衛寿司」を開業。ミツカン酢との接点 –

100、森 功 – 神戸にて昭和天皇に料理を献上。香川県にて明治時代から受け継がれる本格洋食の普及に尽力。旧・神戸オリエンタルホテル出身の西洋料理人 –

101、許斐氏利(このみ・うじとし) – 元・関東軍直属の特務機関員、アヘンに絡む地下工作活動。中学生で日本初となる講道館 柔道四段を授与されるも破門。クレー射撃選手としてメルボルンオリンピック出場。右翼、特殊株主、興行師。隻流館初代理事長。サウナ王。ラッパーのUZI(許斐氏大)の祖父 –

102、横井英樹 – 秘密裡にニューヨークのエンパイアステートビルを買収。実業家。老舗百貨店 白木屋の株買占めや東洋郵船設立による海運業への進出で脚光を浴びる。改修費用節減によりホテルニュージャパン火災事件発生。ミスコン好き、叶姉妹との交流。ラッパーのZEEBRA (本名:横井英之)は孫 –

103、天野芳太郎 – 日本のシュリーマン。不屈の闘志を持つ中南米の実業家。アンデス文明研究家。第二次世界大戦前にパナマに渡り、戦時中は日本に強制送還されるも、再びペルーに渡り事業を興し巨富を得る –

104、櫛引弓人 – 興行師。博覧会キング。セントルイス、シアトルの万国博覧会で辣腕をふるう。川上音二郎一座アメリカ公演の発案者 –

105、ロッキー青木 – レスリング全米選手権で優勝。鉄板焼きレストランチェーン「BENIHANA」の創業者。実業家、冒険家、バックギャモンプレーヤー –

106、谷豊(ハリマオ) – 実在した「ハリマオ」伝説の主人公。昭和初期にマレー半島で活動した日本人盗賊。日本陸軍の諜報員 –

107、大黒屋 光太夫 – 江戸時代、漂流し、アリューシャン列島に漂着。ロシア帝国の帝都サンクトペテルブルクで女帝エカチェリーナ2世に謁見。江戸時代後期の伊勢国白子(現三重県鈴鹿市)の港を拠点とした回船(運輸船)の船頭 – 

108、清水卯三郎 – 出版・貿易商の実業家。オランダ語、ロシア語、英語を話す。薩英戦争に日本人としてただ一人イギリス側から参戦。一般商人としてただ一人パリ万国博覧会へ出品、ナポレオン3世から銀メダルを授与 –

109、山本顧彌太 – 綿織物会社を設立、財をなす。大正時代、ゴッホの「ひまわり」を2万円で購入 –

110、山下義韶 – 柔道家。段位は講道館柔道十段。大日本武徳会柔道範士。講道館四天王の一人で、史上初めて十段位を授与された。明治時代に渡米し、演武や講話を通じて柔道の普及に尽力。ワシントンD.C.で、2mの巨漢のレスラーに抑え込みで勝利し、セオドア・ルーズベルト大統領に認められ2年契約で合衆国海軍兵学校の教官となる – 

111、三船久蔵 – 柔道家。「空気投げ」をあみだす。講道館柔道十段。大日本武徳会柔道範士。「名人」の称を受ける。「理論の嘉納、実践の三船」といわれた。岩手県の久慈市名誉市民 –

112、モルガンお雪 – 明治時代にアメリカの大富豪J.P.モルガンの甥と結婚。日本のシンデレラ。アメリカ、フランスで生活。71歳でキリスト教の洗礼を受ける –

113、古谷駒平 – 明治・大正時代を通じてアフリカでもっとも成功した日本人。 英語流暢。柔道の有段者。豪胆で痛快 –

114、池田長発 – 江戸時代、スフィンクスの前で記念撮影。パリで皇帝ナポレオン3世に謁見。 開国論を唱え蟄居処遇となるも、軍艦奉行として復活 –

115、田辺太一 – 江戸時代、2度パリに渡る。ナポレオン3世に謁見、横浜鎖港交渉失敗。パリ万国博覧会に出席、薩摩側代理人モンブラン伯爵に抗議するも聞き入れられず。カイロに行くもスフィンクス、ピラミッドを見学せず。派手好みで市川團十郎や三遊亭圓朝らを自宅に招き豪華な宴を催す、財産は残らず、借金を残す –

116、服部正也 – 日本人初の世界銀行副総裁。 幼少時、ロンドンで7年間、上海で3年間を過ごす。東京帝国大学卒業。通信学校で阿川弘之らを鉄拳制裁で指導 –

117、安田恭輔 – 明治時代、アラスカ州でイヌイットを導き新しい村を作る。「ジャパニーズモーゼ」と呼ばれる –

118、清原玉 – イタリア人彫刻家の妻となり、半世紀もの間イタリアに住み、画家として花開く。東京美術学校に夫・ヴィンチェンツォの遺作を多数寄贈 –

119、山岡光太郎 – 明治時代に日本人初のメッカ巡礼を果たす。イスラム・ユダヤ研究家。 ムスリム名はオマル –

120、フランク・リー・モリス – 1962年に脱獄不可能とされた米国アルカトラズ連邦刑務所から脱出した人物。脱獄後の生存も死亡も確認されておらず、消息は不明のまま。生きていれば90歳台 –




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