◼️アントニオ猪木とは?
本名:猪木 寛至〈いのき かんじ〉
1943年〈昭和18年〉2月20日 – 2022年〈令和4年〉10月1日)
日本のプロレスラー、実業家、政治家。
位階は従四位。
神奈川県横浜市鶴見区出身。
血液型はAB型。
新日本プロレス設立後のキャッチフレーズは「燃える闘魂」。
日本プロレス所属時代のキャッチフレーズは「若獅子」。
愛称は「アントン」。
複数の結婚歴と離婚歴があり(事実婚を含めて4回結婚している)、二番目の妻は女優の倍賞美津子である。
倍賞との間に娘が一人いる。
1991年にイラクのカルバラーにてイスラム教に改宗しており、ムスリム名は「モハメッド・フセイン・イノキ」。
ただし、ワシントン・ポストによると本人は仏教徒とも自認しており、葬儀も仏式で行われ、「闘覚院機魂寛道居士」の戒名も与えられた。
プロレスラーとしては新日本プロレスの創業や異種格闘技戦で活躍。
政治家としては参議院議員(2期)、スポーツ平和党代表、次世代の党国民運動局長兼参議院政策調査会長、日本を元気にする会最高顧問、同代表などを歴任。
🟣猪木・馬場VSバレンタイン ジン・キニスキー
🟣名勝負 対ドリーファンクJr.
🟣対 アンドレ
🟣対 グレートアントニオ
🟣対 ゴリラモンスーン
🟣馬場、猪木 対 ミルマスカラス、アリオン
🟣対 アラブ・ハッサン
🟣猪木 対 デストロイヤー
🟣猪木・坂口 対 ルーテーズ・ゴッチ
https://sp.nicovideo.jp/watch/sm25958065
🟣1953- ハワイの力道山、力道山vs.ルー・テーズ
🟣ルーテーズの海外での試合
🟣新日の練習風景


懐かしい動画(試合)をありがとうございます。
猪木対モンスーンが見られるとは思ってもなかったです。あのワールドリーグは、確か開幕戦で馬場がモンスーンに負け、猪木がブラジルに負けた波乱のスタートでしたし、小鉄がモンスーンに土をつけたんでしたね。清水一郎さんのアナウンスも懐かしかったですね。
それにしても、猪木対テーズの新旧対決は盛り上がりましたけど、アントニオ・ロッカのレフェリングの下手なこと・・・。ロビンソン戦のようにレッドシューズ・ドゥーガンにすればよかったのにと思いました。でも、ロッカを見れて幸せでした。ロッカはその直後に現役復帰しましたけど、猪木テーズ戦から一年半後に亡くなり驚きました。合掌・・・。
コメントを頂き有難う御座います。
よくご存知ですねー。勉強になります!
レッドシューズ・ドゥーガンのレフェリングとあの軽い身のこなしは、見ていて試合にリズムをつけていました😃 あんな印象に残るレフェリーは他にいません。
あの頃は、ハラハラしながら純粋にプロレスを楽しめた良い時代でした😃